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渋谷の父 ハリー田西の連載小説


「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」

〜二人の占い師(3)〜

ハリー田西と来宮綾乃は、渋谷・宮益坂の雑居ビルの6階にある事務所「渋谷の父・ハリー田西運命学研究所」でたまたまこの番組を見ていた。
「私、この岡倉天外って人、いばってて、偉そうで、本当に嫌い」
綾乃は、つくづく嫌だというように、首を横に振りながら言った。
「なんかこういう人が占い師かと思うだけで虫唾が走るわ」
綾乃は思ったことすぐ口に出してしまうタイプである。
「綾乃ちゃんにそんな嫌そうな顔をされて、ゴキブリか何か見るみたいに徹底的に嫌われちゃうのもつらいよなぁ。まぁ、たしかにこの人は個性が強いから、人によって好き嫌いはあるだろうね」
「そういうハリー先生は、どっちなんですか?」
「どっちって?」
「天外みたいな人、好きですか?嫌いですか?」
「うーん、正直、好きか嫌いかのレベルで考えたことなんてないなぁ」
「じゃあ、ハリー先生は、いま岡倉天外が言っていたMASAKIは事故に遭うっていう占いをどう思うんですか?」
「どう思うって?」
「当たると思いますか?」
「さぁ、どうだろう。もともと天外さんの占術と僕の占術は違っているし、僕は僕で占ってみないとなんとも言えないな」
「じゃあ、すぐに占って下さいよぉ。もう、ホント、頼りにならないなぁ。先生の言い方はいつもどっちつかずではっきりしないんだもん。占い師なんだから、もっとビシッと毅然とした態度を示して下さいよ。第一、先生は岡倉天外みたいに人の不幸ばかり半ば脅しのように予言するのを良いと思っているんですか?」
「うん。たしかに相手をいたずらに怖がらせるような占いはよくないと思うよ」
「だったらメディアを使って岡倉天外みたいな占い師は許せないといってケンカを売るとか、MASAKIは死なないとか、堂々と宣言して下さいよ」
「うーん、でも、ケンカはねぇ・・・」
「んもう、ハリー先生ったらしっかりして下さいよ。これからは"渋谷の父"としてバリバリ活躍していかなくちゃいけないんですよ。もっと有名にならなきゃ」
「それ言われるとつらいんだよね。いちおうまだ"渋谷の父"見習いのつもりなんだけど・・・」
 "渋谷の父"と呼ばれたハリーの師匠である占い師・緒方龍山の引退に伴い、"渋谷の父"の呼称を譲られたハリーは、友人である"原宿の母"菅野鈴子の勧めもあって、「ハリー田西運命学研究所」の頭に、新たに手書きで"渋谷の父"の文字を加えた。

 ハリーは運命学研究家を自称している。平たくいえば岡倉天外と同じ占い師である。ただ、ハリーがあえて運命学研究家を名乗っているのは、彼が天地推命学を起こした岡倉天外のように独自の占術に固執するわけではなく、周易、断易、手相、人相、九星気学、算命学、四柱推命、紫微斗数、西洋タロット、西洋星占い、カバラなどなど、さまざまな占術を研究し、さまざまな角度から人の運命というものを追究しようとしているからであり、それぞれの占いを極めるために、ハリーは今でも占い学校やその道のスペシャリストのところへ足繁く通っては教えを乞うたりしている。

とはいえ、かたや岡倉天外が今や飛ぶ鳥も落とす勢いの売れっ子の占い師であるのに対して、どちらかといえば、ハリーは仲間と一緒に三ヵ所ほどの鑑定所を運営し、あとは占いに関しての書き物をしたり、占いの個人指導をしたりして、身を立てているが、一般的には無名に近い占い師といっていいだろう。
ただ、彼が開いている占いサイトは、彼が運命学というものをわかりやすく説明したり、時事的な話題を彼なりの占術で読み解いたりしていることもあって、そこそこ人気を集めていて、最近ではネットによる鑑定の申し込みもかなりの数に上り、わざわざ遠方からハリーの事務所に鑑定に訪れる人もいるほどである。
 来宮綾乃はハリーの事務所に近い緑山学院大学の大学院の修士課程に通う24歳の女性である。綾乃は、ある時ハリーのところに鑑定に訪れたのがきっかけで、ちょくちょく事務所に遊びに来るようになり、そのうちアルバイトとしてハリー田西運命学研究所の手伝いをするようになった。自称・ハリーの一番弟子で助手と称しているが、もともと大学では占いサークルの部長をしていたこともあり、彼女の占いは決して素人のレベルではない。

でも、綾乃は、大学院を出てもプロの占い師にはならないという。占い師では安定した生活が望めそうにないからだと現実的なことを言う。
「定年がないというところには魅かれるんですけどねぇ・・・」
 たしかに占い師という職業には定年がない。もともと人の悩み相談に乗るのが仕事だから、年配になればなるほど、人生経験が豊富であればあるほど占い師としての信頼感も増す。その点、四十八歳のハリーもまだまだ若手の部類といっていいし、ましてや綾乃の二十四歳という年齢は占い業界の中ではまだほんの駆け出しである。
「でも、いいなぁ、岡倉天外ってすごく儲かっているんですってね。ここから一kmと離れていない松涛に二十億円もする豪邸を建てたっていうし、移動はロールスロイスだし、噂じゃ自家用ジェット機まで持ってるんですって」
「へーっ、そういうの綾乃ちゃんはうらやましいんだ」
「当たり前でしょう、先生はそうじゃないんですか?」
「僕は金儲けのために占いをやってるんじゃないもの。第一、豪邸とかロールスロイスとかジェット機とかって維持費が大変だぜ」
「んもう、先生!お金持ちはそういうの関係ないんですよ。私の知っているIT企業の社長さんなんて、愛車のフェラーリのボディにわずか5mmの傷がついただけても何十万円もかけて修理をしちゃうんですよ」
「5mmの傷を直すのに何十万も払うの?バッカバカしい」
「ほらぁ、まったく先生は貧乏性だから困るんだよなぁ。お金持ちには何十万っていっても、私たちの何円くらいの感覚なんですって」
「ふん、いいよ、いいよ。どうせ僕は、力いっぱい貧乏だもん!」
ハリーは、憤然として言った。でも、同時に、二十四歳の屈託のない綾乃の反応を微笑ましく思った。

「さっきも言ったけど、ハリー先生ももっともっとマスコミを上手く利用してメジャーにならなくちゃダメですよ。先生はちょっぴり中年太りしてるけど、ルックスも悪くないし、やさしいし、どことなく品があるし、絶対売れますよ」
「いや、そうおだてられても困っちゃうんだな。僕は別にそんなに売れなくてもいいんだ。あんまり忙しくなっちゃうと、自分の時間がなくなっちゃうし、適当に忙しいくらいがいいのさ。もともと僕は占い師として成り上がりたいという気持ちよりも、いま岡倉天外もテレビで言っていたように、迷って道を失った人のためになりたいという気持ちの方が強いんだ。いや、それも違うかな。もともと、ただ占いが好きというか、自分を含めさまざまな人間の生きざまや人の運命というものを突きつめて行きたいだけなんだよ。そりゃ正直お金はないよりあったほうがいいけどね」
ハリーは、日頃の熱情を吐き出すように、一気にまくし立てた。
「でも、先生、イマドキそんなのんびりした甘っちょろい考えじゃ世の中通用しませんよ」
「ふーん、これって甘っちょろいかい?」
「ええ、ええ。超甘すぎ!サトウじゃなくてカトウ!」
「カトウ!?」
「ええ、現代はアピールの時代ですよ。先生みたいな売れても売れなくてもどっちだっていいなんていう甘い考えはイマドキ流行りませんよ。だから、奥さんやお子さんにも愛想をつかされて逃げられちゃうんですよ」
「あはは、家族が出て行っちゃったことと今回のことを一緒にしないでよ。そりゃあ家族が出ていっちゃったのは、たしかに占いバカの僕に甲斐性がないからだけどさ。でも、ホント、手厳しいなぁ、綾乃ちゃんは・・・」
綾乃は、算命学で見ると、陽占の命式に天南星を二つ持つ毒舌家である。
ハリーはもうただ苦笑いするしか、対抗手段が思いつかなかった。たしかに、占いにのめりこめばのめりこむほど家族の心は離れ、籍は抜けていないものの、ハリーはいま妻子と別居状態である。
と、ちょうどそこへハリーの仲間の占い師である田中星羅がやって来た。
「お疲れさま〜!」
「あっ、星羅さん、お疲れさま!今日はどうでした?」
「うん。日曜日だけど、一日頑張って四万円。まぁまぁってとこかな」
「そうですね」
岡倉天外や"新宿の母"のような人気の占い師は別だが、一般の人間に比べ、占い師の一日の収入は、綾乃が「安定した生活が望めない」というように、決して高くはない。ハリーとその仲間のように銀座や渋谷など繁華街に鑑定所を開いているところでも、一日の売り上げは一人三万円から四万円で、もちろんそれ以下の時もあるし、そこから場所代や経費などを引けば、占い師の手元に残るのは売り上げの半分以下になってしまう。雨の日、一日中鑑定所に座って客を待ち続け、結局、一人も客が来ない、つまり売り上げがゼロという日もある。
以前、ハリーは、あるパーティでたまたま占い師をしているという婦人と同席したが、ハリーが、半分冗談、半分本気で、
「占いじゃ食えなくて、嫁さんにも愛想つかされちゃいました」
と言ったら、突然、目を見開くようにして、
「本当ですよね。占いって儲かりませんよね。私も離婚して一人なんです。ぜひお互い助け合いたいわ」
といって、ハリーの手の上に手を重ねてきたのにはビックリした。占いは一種の水商売であり、決して誰もが簡単に儲かる仕事ではない。占いで食べていくのは大変なことなのである。その点では綾乃のいうように、占い師にもアピールが必要といえるのかもしれない。
それでもハリーと仲間たちは占いという仕事が好きだから、そして、気のあった仲間たちと一緒に占いを学び、競い、運命学を研究しあうのが好きだから、こうしてグループでまとまり活動しているのだ。
今夜は、そんなハリー田西と仲間の占い師たちが集まって定期的に開いている「勉強会」の日だ。ハリーと仲間の占い師たちは、月に一度、一日の鑑定が終わった夜、事務所に集まって、占いの勉強会を開いている。こんな客がいた、こんな悩みの相談があった、こんな宿命を持った人がいたなど、それぞれが出合った相談のケースを俎上に上げ、それぞれが得意な占術を使って意見を述べ合って、互いの占術を切磋琢磨し、運命学を追究する糧としている。
そして、今夜もハリー運命学研究所には、ハリーや綾乃を含め七人の仲間が集まることになっていた。
「綾乃ちゃん、そろそろテレビを消して勉強会の準備をしようよ」
ハリーがそう言った時、岡倉天外の出ているテレビを観るとはなしに観ていた星羅が叫んだ。
「あっ、出てる、出てる。この人、お友達なのよ」
「へーっ、誰です?岡倉天外?」
「ううん、天外さんの右奥に控えているお弟子さん」
「ああ、この女性─────」
「うん、彼女、相笠恭子さんといってね、昔、易学の学校で一緒だったの。いまは澤井天鵬という鑑定士名で"五天女"一人として天外さんの下で活動しているんだけど、今でもよくお食事をしたり、メールをしたりしている仲の良いお友達よ」
と、星羅は穏やかに言った。
一般に占い師の中には自分のプライベートを語らない人間も多い。自分の素性や私生活を語らないことで、自らの占い師としての神秘性を作り出している人間も少なくない。星羅もそんな一人であり、同じ占い師の仲間でも彼女の本名を知らないという人間がほとんどだろう。
「でも、星羅さんには悪いけど、だとしたら、この人ももう岡倉天外の毒牙にかかって、すっかり洗脳されてしまってますよね」
と、綾乃がまた毒舌を吐いた。
「毒牙!?おいおい、綾乃ちゃん、毒牙だなんて、あんまり物騒なこと言うなよ」
「あら、ハリー先生、そうですか?今や天地推命学は岡倉天外を教祖と仰ぐ宗教みたいなもんですよ。天地推命学は最高によく当たる、その他の占いはまがいものが多くて当たらないとまでいう人がいるかと思うと、一方では、それは岡倉天外による一種の洗脳だっていう人もいるんです。だから、沢井天鵬さんだって、すっかり岡倉天外に洗脳されて、彼のお金儲けのお先棒を担いでるだけですよ。第一、岡倉天外のまわりの女性は、みんな、彼のお手つきだっていうし・・・」
「ううん、いくら綾乃ちゃんでも、それはちょっと言いすぎだと思う。私は彼女を昔から知っているけど、そんな人じゃないわ。私達と同じく人のためになろう、純粋に運命学を究めようとしている人よ。あまり邪推しないでほしいわ」
「でも、この澤井天鵬さんという人はともかく、岡倉天外はそういうふうには見えないです。この岡倉天外という人はどう見たって悪の権化ですよ。何か裏にとてつもなく邪悪なエネルギーを持った怖い人です。私、わかるんです。何か、カンで・・・」
「いえ、彼女の話だと、天外さんも、この風貌で多分に誤解を受けやすいけど、実は素晴らしい人格者で、部下としてついていく価値のある人だと、彼女はいつも褒めているわ」
「そうかなぁ。私には本当にそうは見えないけど・・・」
綾乃は不服そうな表情を浮かべ、口をつぐんだ。
ハリーはそんな綾乃をたしなめるようにいった。
「綾乃ちゃん、占いをする人間の多くは、さっきも岡倉天外が図らずも言っていたように、本来迷える人を救おうという純粋な人助けの気持ちから出発しているんだ。だから、本質的には決して真からの悪人なんていないと僕は思っている。それに何よりも占い師は他の占い師の悪口をいわないこと。できれば、綾乃もそうして欲しいな」 「うーん、でも、それって難しいですよねぇ・・・」
綾乃はまだ納得がいかないようだったが、ちょうどその時、入口から「おまたせ!」「遅くなりましたぁ」と、仲間の占い師である白蓮や香月レイアが入ってきたのを潮に、テレビのスイッチが切られた。
だが、この話はこれいったん終わりと思いながらも、ハリー自身も岡倉天外の予言がいささか気になった。
果たして、岡倉天外の占いは本当に当たってしまうのであろうか?


目 次
プロローグ
二人の占い師(1)
二人の占い師(2)
二人の占い師(3)
第一の的中(1)
第一の的中(2)
第一の的中(3)
第一の的中(4)
第二の的中(1)
第二の的中(2)
第二の的中(3)
第二の的中(4)
第二の的中(5)
第二の的中(6)
相次ぐ失踪(1)
相次ぐ失踪(2)
相次ぐ失踪(3)
相次ぐ失踪(4)
悲しい結末(1)
悲しい結末(2)
悲しい結末(3)
悲しい結末(4)
悲しい結末(5)
悲しい結末(6)
悲しい結末(7)
悲しい結末(8)
悲しい結末(9)
解けない謎(1)
解けない謎(2)

※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。