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渋谷の父 ハリー田西の連載小説


「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」

〜第二の的中(3)〜

 事故なのか、はたまた誘拐事件なのか、夜になっても海人の行方はわからなかった。
 沙希は、憔悴し切って、居間のソファーで暗く沈んでいた。
 その横には、心配して駆けつけた沙希の母親がぴったりと寄り添っている。
 世田谷署からやってきた村田警部は、万が一の誘拐の可能性を考え、森山家の電話にテープレコーダーをセットした。
 午後七時、海人が行方不明になったという知らせを受け、Vシネマのロケ先から、父親の森山敬一郎が慌てて帰宅した。
皮肉にも、ちょうどその時、森山家の居間に置いてあるテレビでは、森山が出演した『岡倉天外SP』の放送が始まった。
 しかし、森山敬一郎も沙希も、その番組を観るどころではなかった。
「チ、チクショー!あの予言が、当たってしまった」
 森山が、眉間に皺を寄せて、吐き捨てるように言った。
「だから、言ったんだ・・・」
 その言葉を聞いて、沙希が「わーっ」と顔を覆って泣き出した。
そして、暗い夜の帳がすっかりと降り切った午後八時過ぎ、森山敬一郎の自宅に、一本の電話がかかった。
「森山さんかね?」
 緊張して電話をとった森山は、はやる気持ちを抑えながら、
「ああ、森山だ」
 と、答えた。
 その受け答えぶりを聞いて、村田警部は、部下の佐々木刑事にテープレコーダーを回すように、目で合図を送った。
「本当に森山敬一郎か?」
「そうだが、君は誰だ?」
「誰だっていい。おたくの息子は預かった────」
 電話の主は、たしかにそう言った。
 行方不明の海人は、やはり誘拐されていたのだ。
 犯人からの接触に、あらかじめ脅迫電話がかかることを想定して、森山家の居間に集合していた捜査班の刑事たちの顔に、一瞬緊張が走った。
 その中には、本庁よりかけつけた藤島警視の顔もあった。
「む、息子を預かったって、念のために訊くが、うちの息子の名前は何というか知っているだろうね」
「海人だろう?今日、駒沢公園からいなくなったはずだ」
「や、やっぱり・・・。あんたが、あんたがうちの海人をさらったのか?」
「ああ、そうだ」
「息子は、海人は無事なんだろうな」
「ああ、無事だよ」
「あの子は身体が弱いんだ」
「心配しなくていい。いまは元気だ」
「息子を、息子を返してほしい。どうすればいいんだ」
「ははは、焦るなよ。息子を返してほしかったら、明日の昼の十二時までに、えーと、そうだな・・・一億円用意しろ」
「一億円?一億円もか?」
「ああ、一億円だ。売れっ子のあんたなら、一億円ぐらい、すぐに都合がつくだろう」
「そんなわけない。そんな大金、すぐに用意できるわけないじゃないか。第一、今日は日曜日で銀行だって休みなんだ」
「そんなことは知らないね。とにかく一億円用意しろ。明日の十二時までだ。どうせそばに能無しの警察官がいるんだろうから、こんな場合、金はどうするのか相談してみろよ。やつらは安月給だから、金のことはどうにもならないと思うけどな。とにかく一億円、明日の十二時までだ。あとのことは、その時、こちらからまた指示する」
「あの、ちょっと待って!本当に、本当に海人は無事なんでしょうね」
「しつこな。大丈夫だって────」
「あの、無事なら声を、息子の声を聞かせて下さい」
「いまはここにはいないから無理だ。電話を逆探知されるから、外から電話をかけてるんだ。子供の命は大丈夫だ。安心しろ。もう切るぞ。じゃあな」
 犯人は一方的に話すと、電話を切った。
「ダメです。いま犯人が言っていたように、車で動きながら携帯を使っていたようで逆探知はできません」
 逆探知を試みた佐々木刑事が無念そうに言った。
「やはり誘拐だったか」
 世田谷署の村田警部はそう言って唇を噛み締め、
「しかも、あの声はどうやら変声器を使っていたようだな」
 と、言った。
「変声器?」
「ええ。声を機械的に細工しているんです。だから森山さんたちの顔見知りの人間の声なのかもしれないし、男か女かもわかりません」
 と、村田は、森山夫婦に淡々と説明をした。
「森山さんは、誰かに恨みを買っているとか、最近何かトラブルに巻き込まれたということはないですか?」
「いいえ、心当たりはありません」
「私もです」
 二人とも首を振る。
「いや、誘拐の場合、意外と身近なところに犯人がいる場合もあるものですから」
 と、村田が言った。
「しかし、今みたいな声じゃわからないな。本当にいったいどうなってるんだ」
 森山が心配そうに言った。そんな森山を励ますように村田が言う。
「でも、とりあえず事故ではなく誘拐とわかったわけで、誘拐とわかれば、我々もそれなりの万全な対応ができます」
「それは、本当なんでしょうね」
「本当です」
 村田は、森山の不安を打ち消すように、
「誘拐と決まれば、森山さん、身代金の受け渡しの時が今後の捜査の最大のヤマになるんです。この時こそ犯人逮捕と人質救出のチャンスなんです。」
 と、言った。
 その言葉を聞いた森山は、ごくりとツバをのみ、
「じゃあ、とにかく金を用意しなくては・・・」
 と、悄然としながらも呟いた。
「でも、一億円も・・・大丈夫?どうするの?」
 妻の沙希が心配そうに言う。
「銀行に頼めば、事情が事情だけに貸してくれるとは思うけど・・・でも、うちの社長に頼むか」
「天野さんに?でも・・・」
「そうだな。この件は、うちの事務所の社長じゃ無理だ。社長からワールドプロの堀井さんにでも頼んでもらうしかない。いや、僕から直接、堀井さんに電話しよう。刑事さん、それでいいですか?」
 と、森山は声をふりしぼるように言った。
 ワールドプロの堀井社長は、芸能界のドンと呼ばれている。裏の世界にも顔が利くコワモテの存在で、こんな時は彼に頼るのが一番である。森山は、デビュー当時所属していた大手のプロダクションから、当時の担当マネージャーで、今の事務所の社長である天野と一緒に独立した時も、堀井を頼り、彼が間に立つ形で独立を認められた経緯があった。
「いいもなにも、身代金は森山さんが一番良い方法で用意して下さい。私たちも周辺の聞き込みなどを含め、明日までに全力を挙げて犯人の手がかりを捜します。いずれにしても、身代金の受け渡しの時が最大のヤマになりますから」
「刑事さん、本当に、本当に、本当に、お願いします」
 沙希が、憂いを含んだ瞳で訴えかけるようにいった。元アイドルに哀願され、村田はゴクリとツバを飲み込みながら、
「大丈夫ですとも」
 と、やや興奮気味に言った。




目 次
プロローグ
二人の占い師(1)
二人の占い師(2)
二人の占い師(3)
第一の的中(1)
第一の的中(2)
第一の的中(3)
第一の的中(4)
第二の的中(1)
第二の的中(2)
第二の的中(3)
第二の的中(4)
第二の的中(5)
第二の的中(6)
相次ぐ失踪(1)
相次ぐ失踪(2)
相次ぐ失踪(3)
相次ぐ失踪(4)
悲しい結末(1)
悲しい結末(2)
悲しい結末(3)
悲しい結末(4)
悲しい結末(5)
悲しい結末(6)
悲しい結末(7)
悲しい結末(8)
悲しい結末(9)
解けない謎(1)
解けない謎(2)

※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。