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渋谷の父 ハリー田西の連載小説


「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」

〜第二の的中(4)〜

事件発生から半日が経過したその日の深夜、捜査本部の置かれた世田谷署では、犯人からの脅迫電話を受けて、捜査会議が開かれた。
刑事たちと向き合う形で、正面に、本庁から派遣され今回の誘拐事件の捜査主任として指揮を執る深山警視、その両隣に世田谷署の原署長と藤島管理官が座った。
まず、今回の事件の捜査本部長を兼ねる原署長の簡単な挨拶の後、深山警視が発生から現在に至るまでの初動捜査の報告を行なった。 
まだこれといった事件の手がかりというべきものはなかったが、事件発生後の駒沢公園周辺での聞きこみ捜査を続けていた刑事たちからの報告があった。
その中で、所轄の青木という30代の刑事から、海人がいなくなったりす公園のすぐ横を走る、住宅地に隣接した幅5mほどの公道に、海人がいなくなった時間帯、不審な黒いワゴンが停まっているのを見たという犬を散歩中の近所の主婦の目撃情報の報告があった。
その車は、リアと側面のガラスにフィルムが張られ、中が見えにくくしてあり、後方から来た車に通行が出来ないとクラクションを鳴らされ、車を移動させられたという。そして、いったん車を動かしたが、結局同じ場所に戻って来て再び停車し、誰かを待っている様子だったという。
また、その車の横を通る時、主婦が車内をちらりと覗くと、フィルムが張ってあるせいで中に乗っていた人間の顔はよく見えなかったが、運転席にサングラスをかけ、キャップをかぶった男性と後部座席に髪の毛が長くやはりサングラスをかけた女性が座っていたという。
「なるほど。つまり、その車が犯行に使われた可能性が高いというわけだね」
「もしこの車が誘拐にからんでいるとすると、犯人はその道路際の柵を乗り越えて、公園に侵入したということかな?」
「はい。公園とこの公道の間は、高さ1・5mほどの柵で仕切られているだけなので、大人ならば簡単に乗り越えられます」
 青木刑事は、そう報告した。
「ということは、犯人はその車で来て、その場に車を停め、その柵越しに海人ちゃんをさらい逃亡したと考えられるな」
「車に2人乗っていて、誰かを待っている様子だったということは、もしそれが犯人の車だとすると、単独犯ではなく、当然三人以上の複数犯だということになりますね」 「複数犯の犯行か・・・うーん」
 深山警視は、アゴに手をやりながらうなると、
「久米さんはどう思いますか?」
と、自分と一緒に本庁から来ている久米刑事の考えを求めた。和田は、階級は警部補である久米よりは2階級も上だが、相手がたたき上げのベテラン刑事とあって敬語で尋ねた。
 それに対し、久米は、初動捜査の時からの記録に目を落としながら、捜査員の話にじっと耳を傾けていたが、
「断定はできませんが、たしかに犯人は複数犯、それも女性も含めた複数犯の可能性が高いですね」
 と、答えた。
「ふーん、久米さんが女性も含む複数犯の犯行だと考える根拠はなんですか?まさかその婦人の目撃証言だけじゃないでしょう?」
「ええ、たしかにいま青木刑事から報告があった目撃情報もそうですが、夜になってかけてきた身代金要求の電話にもそう思えるふしがある。電話をかけてきた人間は走行中の車の中からかけて来た。まさかあのやりとりを一人で都内を走りながらしたとは考えられない。また、その車には海人ちゃんは乗っていないと言っていたが、それが本当だとしたら、海人ちゃんはどこか別の場所に監禁されていたということだから、見張り役がいると考えられる。すると、その際の見張り役は子供のお守り役ということから考えるても女性かと思うんですが・・・」
 その久米の推理に対して、世田谷署の村田警部が、本庁の人間に対抗心を燃やすように、
「でも、まだ単独犯という見方も捨てるわけにはいかないのではないでしょうか。海人ちゃんは眠らせるか猿ぐつわをかませて、一人で閉じ込めておいたということもありえますし・・・」
 と意見を述べた。
「たしかに現段階で複数犯だと断定するだけの証拠はありません。ただ、いまも言ったように相手は弱い子供です。泣いたり、具合が悪くなったりということもあるし、大事な人質なんだから、誰かがそばにいて世話をしていると考えられるのが相当なんじゃないでしょうか。だとしたら、その役は女性の方がいい。従って、犯人は女性を含む最低三人以上のグループだと思うわけです」
「久米さんは、犯人に意外にやさしさがあると思っているんですね」
 村田はやや皮肉を込めて言った。
久米は、一瞬鼻白んだが、
「それよりも深山警視─────」
 と、話題の矛先を変えて、さらなる意見を述べようとした。
「このヤマに、例の天地推命学の一派が絡んでいるという可能性はないでしょうか」
「天地推命学?ああ、テレビで海人ちゃんの事故を予言したとかいう占いでしたっけ?!」
「私は番組の経緯からいって、いちおうこの天命の連中についても調べてみるべきだと思うんですが・・・」
「天命か・・・。まあ、今回もあの占い師の予言が当たったという形になっているが、あの占いと何か関係があるのか当たってみるということだね」
「ええ、そうです。その予言を的中させるために、天命の連中が何か仕組んだのではないかということを調べてみるべきだと思うのですが・・・」
「うーん、そりゃどうかねぇ、所詮、あれは占いだろう?それがたまたま当たったからって、少し飛躍しすぎの感もあるんじゃないかね?」
 すると、それまで黙ってみんなの話を聴いた藤島管理官が、
「たしかにかなり飛躍した意見ではありますが、事件の解決を目指す上では、どんなに小さな可能性でも無視することはできません。でも、たしかに原署長のおっしゃるように、この件はやや本線からはずれていますし、現段階では人数的に専従の捜査員をあてることもできないと思います。そこで、どうでしょう。実は、私も前からというか、先日のMASAKIの事故の一件以来、この天地推命学については気になることがあったので、個人的に動いていたところです。そこで、私の立場で言うのもなんですが、その天命の件は少し私に泳がせてくれませんか?」
「管理官に?そりゃ、キミ、捜査員の数からいっても、いまは天命なぞのために人員をあててるわけにはいかないから願ってもないことですが・・・」
「わかりました。天命の件は、藤島管理官にお願いするとしましょう。で、久米さん、それ以外に何か気になったことはありますか?」
 と、深山警視が話の矛先を変えるように尋ねた。
「はい、ひとつ」
「ほーっ、それはどんなことだね?」
「はぁ、実は、私は、犯人からかかってきた電話のテープを聴いていて、気になったのですが・・・」
 といって、久米は、誘拐犯とのやりとりを録音したテープの再生を頼んだ。
「いいですか?犯人からの電話のここのところですけど・・・」
 久米は、脅迫電話の同録テープをリプレイし、「ここです、ここ」と、犯人が、
(明日の昼十二時までに、えーと、そうだな、一億円用意しろ)
 といったところを指摘した。
「ここ?」
「ええ。この口ぶりを見ると、犯人は、この時までに身代金の額を決めていなかったふしがあります。(えーと、そうだな)、これは明らかに、行き当たりばったり、この時だけのその場しのぎの言い方なんじゃないでしょうか。だとすると・・・」
「だとすると、どうなんだね?」
「犯人の目的は金ではないのではないかと思えるですが・・・」
「誘拐の目的は金ではない?」
「いや、これは、あくまでも私の推論ですが・・・」
「でも、現に金を要求してきているじゃないか」
「ええ。でも、なぜかその言い方に、金へのこだわりを感じないんです」
「じゃあ、金が目的でないとすると、キミは今回の誘拐は怨恨だというのかね」
「そうとも断定できませんが・・・」
「ふーっ、金目当てでも怨恨でもないって、いったいどっちなんだね」
 原署長がいらついて言った。
「つまり、たしかに怨恨という線もありますが、単なる嫌がらせやイタズラ、愉快犯的犯行の可能性もあると思うのす」
「イタズラ?この確たる誘拐行為がイタズラのわけないだろう」
「いえ、とにかく、現時点ではそこまで動機は限定できません。ただ、私は、少なくとも今回の事件は単なる金目当ての犯行ではないと思うのです。この事件ははじめに誘拐ありきで、身代金というのはその付け足しみたいなもんだと────」
「なんだかまわりくどい言い方だねぇ」
 これに対して、村田警部がまた反論した。
「私は、今回の事件はやはり通常の金目当ての誘拐だと思いますよ。なぜなら、まず口調は多少行き当たりばったり的なところがあるにせよ、現実に身代金を要求してきていることです。電話で一億円をいいよどんだのは、単に犯人が欲にかられ、電話をかけながら一億円にしようか、二億にしようかと迷っていたんじゃないかと思うんです。でも、一般人だと一億円といってもすぐには用意できるかどうかわからない金額です。それで、迷いながら、犯人は、一億円といったんだと思います」
「うーん、常識的に考えればそうともいえますが・・・」
「久米さんは、怨恨という線もあれば、単なる嫌がらせやイタズラ、愉快的犯行とおっしゃいました。僕も怨恨という線はないことはないとは思います。でも、単なる嫌がらせや愉快犯的な犯行というんじゃ誘拐の動機としてはあまりに弱いんじゃないでしょうか。だって、誘拐というのは、犯人にとって大変なリスクや労力のいる行為ですよ」  と、村田は、力強く主張した。
「久米さんが、今回の事件は単なる金目当ての犯行じゃないという根拠はなんなんですか。まさか、一億円を言いよどんだからというだけでそう思ったわけじゃないでしょう?」
 と、深山警視が訊く。
「はぁ。そのまさかというか・・・まぁしいていえば、刑事としてのカンですかね」
「カン?君、久米クンねぇ、本庁の刑事がカンを持ち出して捜査を混乱させちゃ所轄の人間の立場がないぞ」
 それを聞いた原署長がすかさず苦い顔をして言った。
「はい。まあ、そういうことならば、矛を収めて発言は撤回します」
 そういうと、久米は黙って着席した。その場に気まずい空気が流れた。
 すると、その場の雰囲気を収めるように、藤島が言った。
「署長、私はその刑事のカンに期待しますがね。私のカンは管理カンって奴
ですけど・・・」
 その場にさらに冷たい空気が流れた。



目 次
プロローグ
二人の占い師(1)
二人の占い師(2)
二人の占い師(3)
第一の的中(1)
第一の的中(2)
第一の的中(3)
第一の的中(4)
第二の的中(1)
第二の的中(2)
第二の的中(3)
第二の的中(4)
第二の的中(5)
第二の的中(6)
相次ぐ失踪(1)
相次ぐ失踪(2)
相次ぐ失踪(3)
相次ぐ失踪(4)
悲しい結末(1)
悲しい結末(2)
悲しい結末(3)
悲しい結末(4)
悲しい結末(5)
悲しい結末(6)
悲しい結末(7)
悲しい結末(8)
悲しい結末(9)
解けない謎(1)
解けない謎(2)

※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。