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渋谷の父 ハリー田西の連載小説


「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」

〜第一の的中(4)〜

 藤島管理官がハリーを訪ねてきた頃、ハリーの事務所から2kmほど離れた青山斎場で、MASAKIの葬儀が行われていた。
 人気アーティストの壮絶な事故死ということもあり、青山斎場の周辺は、乃木坂はもとより、青山一丁目にかけてまで、多くの会葬者の波が続いた。おそらくMASAKIのショッキングな最期に、もともとのMASAKIファンはもちろん、事故の傷ましさに心を打たれ参列する気になったり、物珍しさも手伝って、単に好奇心から列に加わったにわかファンも多かったのではないだろうか─────。
 実は、この日の午前中、葬儀の準備が進む中で、一つの騒動があった。
 天地推命学本部からの依頼で業者が供花を運んできたところ、MASAKIの所属事務所の社長である楠本公一が、その受け取りを拒否したばかりか、業者ともめた際に、怒りまくって、その供花を地面にぶちまけたのだであった。
 楠本は、興奮冷めやらないというように、
「天外だかなんだか知らないが、あいつがMASAKIを殺したんだ。それなのに、ぬけぬけと花なんぞ持って寄こして、それですむと思っているのか!」
 と語り、居合わせたテレビのワイドショーのクルーに、
「いずれ検察に訴えてやる。MASAKIはあのなんとか天外とかいうインチキ占い師に呪いをかけられたか、毒でも盛られたかして殺されたんだ。あの野郎だけは絶対に許さないからな」
 と、声高に語った。
ところが、ワイドショーのリポーターから、
「もともとの発端を作った番組を放送した東亜テレビに対しては、何かおっしゃりたいことはありますか?」
という質問が飛ぶと、
「東亜テレビ?今回の事故は、局の問題じゃないよ。責任はあのなんとか天外とかいう占い師にあるんだ。悪いのはあいつだ」
と、答えた。
冷静に判断すれば、これからも仕事上のつきあいが続くであろう東亜テレビを相手に無用なケンカを吹っかけるのは賢明ではなく、逆に今回の件を盾に他の所属タレントを番組に強引に捩じ込めると思ったのか、楠本は興奮しながらも、その裏では冷静に計算をして行動していたようだ。さすがに楠本は百戦錬磨のギョーカイ人であった。
 そんな午前中の小さな出来事もすぐさま人々の記憶から消えていき、午後からの葬儀は、これといったトラブルもなく、つつがなく整然と行なわれた。
 ただ、天地推命学本部からの献花はあったものの、岡倉天外を含めて、天命関係者の葬儀への参列はなかった。
 そして、その日の夜七時から、東亜テレビで緊急特別番組『岡倉天外SP〜追悼・MASAKI、壮絶なる予言死のすべて』が生放送された。
 番組のオープニングは、MASAKIの衝撃的な事故死を伝えるインパクトの強いニュース映像が十分間にわたりロングバージョンで流された。
 凄惨な事故現場。ごったがえすやじ馬と取材陣。
 一夜明けて事故現場の道路脇に設けられた仮の祭壇とうず高く盛り上がった献花の山。
 そして、その前で地面に座り込んで泣きくずれる女性ファンの姿。
 この日、青山斎場で行われたMASAKIの葬儀と一般ファンを含む弔問客の列。葬儀に訪れたタレント仲間たちの悲痛な追悼のインタビュー。
 そこには、この事故が各方面に与えた反響、衝撃の強さが満ち満ちていた。
 こうして十分にヒートアップした中で、スタジオへ・・・
 考えに考えた構成である。
 カメラの前に板付いた司会のケン橋本と菊池さつき、今井イチローの3人がやや硬い表情で並んでの挨拶から始まった。
「今晩は!なんとも傷ましい、凄惨な事件が起こってしまいました。先週のこの番組にご登場いただいたMASAKIさんが、十七日の未明に交通事故のためにお亡くなりになりました。また、MASAKIさんと交際中だったタレントの奥脇千春さんも同じく亡くなられました。謹んでお二人のご冥福をお祈り致します」
 三人は神妙な顔で、深々と頭を下げた。
 それをキッカケにして、先週の番組のVTRが始まった。岡倉天外の占い、
それに気色ばむMASAKI。そこにナレーションが流れる。

(MASAKIさんの死、それは避けることができない運命だったのだろうか?どこまで当たる、恐るべき岡倉天外の大予言!今夜、天外により明かされるMASAKIさんの謎の死の真相!)

 そして、VTR明け、いつものようにドライアイスが大量に焚かれた登場口から、岡倉天外が五天女を従えて悠然と現れた。
 司会の三人に迎えられた天外は、「まず・・・」とことわって話を始めた。
「今回のMASAKIさんの一件は、結果的に最悪の形で私の占いが的中することになってしまいました。この結果について、私の口から何かを語れば、あまりに影響が大きすぎるので、必要以上のコメントは差し控えたいと思います。その上で、亡くなられたMASAKIさんと奥脇千春さんのご冥福を謹んでお祈りいたします」
 そして、深々と頭を下げた。
 そんな天外をフォローするように、司会のケン橋本が口を開いた。
「先週、天外先生はMASAKIさんを占われました。そして、MASAKIさんの事故を予告されました。先生は天地推命学に基づいて純粋に占っただけで、そこにはMASAKIさんに対して何の恨みも邪念もありません。天外先生、そうですね?」
「その通りです」
「一部では、MASAKIさんの死は先生の呪いのようなものによるものだという声もありますが・・・」
「それもありません。たまたま悪い運気の流れの中で起こってしまった不慮の事故です」
「先生、MASAKIさんの事故、そして、死、これは避けることは出来なかったのでしょうか?」
「死は誰もが逃れることの出来ない宿命です。しかし、やみくもに死に向かう必要はない。死のために生があるのではない。人は生あることにこそ意義があるのだから」
「ということは、MASAKIさんは死を急ぎすぎたとおっしゃるんですか?」
「はい。彼にはたまたま事故運が出ていた。そして、それを私は予告した。しかし、それは避けることが出来たし、仮に事故に遭っても死に至るまでにはならなかったはずです。ところが、彼は死に急いだ。死に急ぐということは自ら命を絶つという行為と変わるところがありません。自ら死を選ぶ者に待っているのは地獄以外にありません。それは自らの死によって、天から与えられた命を絶ち、天命を放棄することであり、その者の死によって悲しみを広げるからです」
「まぁ、MASAKIさんも、先生の予告を真剣に受け止めて、死に急ぐことなく、もっともっと用心しておけばよかったちゅうことですな」
 放送の反響はすさまじかった。まだ放送中にもかかわらず、局あてに、毀誉褒貶入り乱れて、反響の電話がかかってきて、一時は回線がパンクしかねないほどで、ADは夜十一時近くまでその対応に追われた。
 こういう時は、かなりの高視聴率が期待できるものだ。
 そして、翌二十六日に、昨日の放送の視聴率が発表になり、ビデオリサーチ社からのデータ表が配られた。36・8%。期待通りの高い視聴率である。
 数字を見た渡会は、
「まぁこんなものかな」
 と、やや冷ややかに言った。40%に迫ろうかという視聴率は非常に高い数字である。前四週の平均視聴率が17%台だから、MASAKIの事故の反響だけで20%近くの数字を上げたことになる。
 だが、「まぁこんなものかな」と言いながらも、渡会からは、まだまだ行けたという表情が読み取れた。心の中では、密かに40%超えを期待していたのかもしれない。
 番組のプロデューサーの吉村は、もとより不満であった。数字を見た瞬間、
「チェッ、なんで40に届かないんだ。ビデオリサーチが意図的に数字を操作したんじゃないだろうな。頭に来る」
 と言って、やり場のない怒りとともに、視聴率のデータ表をデスクの上に放り投げた。
 吉村は、渡会のもとへ行くと、
「局長、見ての通りです。この先も、めげずになんとか頑張りますよ」
 とやや自嘲気味に言った。
「ああ、頑張ってくれ。で、この先の収録分はどうなっているんだ」
「明後日の分は、例の宮原みゆきがゲストです」
「あのお騒がせ女優か?で、どんな具合なんだ」
「天外が、みゆきはサゲマンの女だと断定し、いまつきあっている男とは3ヶ月持たないといったので、みゆきがキレてわめいたりしてます。けっこうイケてますよ」
 宮原みゆきは3回の離婚歴がある"恋多き女"として有名で、つい最近もIT長者の青年実業家と密会を写真週刊誌にスクープされたばかりであったが、岡倉天外は、そのみゆきの新たな恋のなりゆきを3ヶ月で破局と占った。
「うん。これも、多少前宣伝であおっておくと、今週の来週だから30近く行くかもしれんな。その後は、どうだ」
「30日分は、森山敬一郎の子供に関する予言です」
「森山の子供のこと?子供なぁ、そりゃほのぼの系か?」
「いえ、病気とか事故に注意しろという内容でした」
「いずれにしても、森山と子供のことじゃ、タマも中身もちょっと弱いな。大丈夫か?」
「はぁ、そこそこは、面白いと思いますが」
「そこそこ面白いじゃ困るぞ」
「当座はMASAKIの事故の余韻もあるし、25%は行くと思いますが・・・」
「ま、オンエアまでに何か少しあおりを考えろ」
 そういうと渡会は、椅子を回転させ、窓から見える高層ビル群に目を転じた。
 東亜テレビは、月間の平均視聴率で、ここ2年ばかり新日本テレビに続く2位の座にあるが、首位に立ったことがない。首位に立つのは会社を挙げての目標なのである。
 吉村を見送った渡会は、
「さて・・・どうしたもんかな」
 そう呟いて受話器を取り上げ、声をひそめどこかに電話をかけ始めた。



目 次
プロローグ
二人の占い師(1)
二人の占い師(2)
二人の占い師(3)
第一の的中(1)
第一の的中(2)
第一の的中(3)
第一の的中(4)
第二の的中(1)
第二の的中(2)
第二の的中(3)
第二の的中(4)
第二の的中(5)
第二の的中(6)
相次ぐ失踪(1)
相次ぐ失踪(2)
相次ぐ失踪(3)
相次ぐ失踪(4)
悲しい結末(1)
悲しい結末(2)
悲しい結末(3)
悲しい結末(4)
悲しい結末(5)
悲しい結末(6)
悲しい結末(7)
悲しい結末(8)
悲しい結末(9)
解けない謎(1)
解けない謎(2)

※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。