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渋谷の父 ハリー田西の連載小説


「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」

〜悲しい結末(6)〜

ハリーは、田中星羅と澤井天鵬の身元確認のため、藤島管理官と高野天翔とともに、遺体の置かれた富士吉田署に向かい、二人の遺体を対面した。
遺体の一人はやはり田中星羅であった。ローランサンの絵画からまるで抜け出てきたようなノーブルな顔立ちをした星羅が、眠れる森の美女のように静かに横たわっていた。
 そして、もう1体は、ハリーは面識はないが、明らかに澤井天鵬に違いない。天鵬の遺体を見た瞬間、高野天翔が悲痛な声をあげたので、ハリーも思わず天を仰いだ。
 定年まであと2年というところで、この事件を担当することになった富士吉田署の赤池警部補は、
「通報を受けた時は、また自殺か、女同士の心中だって?どんな面をしてるか見てやるべえかと思ったんじゃん。やんなっちへえ、こうしょっちゅう自殺もんを見てると、そのくらいしか、楽しみ、やんなっちへえ、見とくこんがねぇふんだから・・・ところが、心中にしちゃホトケさんの首に索条痕が二つあるし、こりゃ心中じゃなくて、心中に見せかけた殺しだろうと、すぐにわかりましたよ」
 と言った。
「つまり、索条痕が二つあったということは、殺しを偽装するために、いったん絞殺してから吊ったというわけですね」
「はい。それでなくてもこの偽装の仕方も、ばっかじゃなかろうかってゆうくらい杜撰で乱暴でしてねぇ」
「ほお。それは?」
「はい。その索条痕が二つずつついていたとゆうこんもほうですけんども、現場も遊歩道からそれほど深く入ったところじゃあんですしね。もし発見を遅らせたいなら、いまっと奥深くで吊るしますよ。つまり、ホシは樹海の奥までおっぱすのが嫌だったか、ごっちょうだったか、まあこのへんでいいだろうと、半ばひっぽなげやりにとゆうか、嫌々仕事をして、早々に立ち去ったとゆう感じがするんじゃん。しかも、あくまだけんど心中を装いなら、ワープロ打ちした遺書の一つも残すとかするずら?ほんな細工もんし・・・それだけんど、ホシは遺体の発見にゃあまだだいぶかかるだろうと高を括っていたんずらな」
「それがあっさり発見され、あっさり他殺であると見破られてしまった。なるほど。ずさんな犯行にずさんな犯人か、警察を甘く見るんじゃないってとこですね」
「で、監察医が胃壁の組織を調べたところ、二人は睡眠薬を服用していたこんが判明しました」
「つまり、眠らされた状態で絞殺され、さらに吊るされたわけですね。念の入ったことだ」
 すると、それまで黙って聞いていたハリーが、赤池警部補に、
「二人が吊るされていた現場には、バッグとクツ以外に遺留品とかはなかったのですか?」
 と尋ねた。
「はあ、いちおう現場近辺の遺留品はいちら採集したけんども・・・」
「その遺留品の中に、たとえば、パソコンとか・・・いや、パソコンを分解した部品とかはなかったですか?」
「パソコンの部品?うーん、気がつきませんでしたなぁ。まぁ、樹海の中とゆうのは、時に粗大ゴミを平気でぶちゃっていく輩はいるんですけんども・・・そのパソコンとホトケさんに何か関係があるんですのけ?」
「ええ。ちょっと気になることがありまして・・・」
 ハリーはそれ以上の詳しい説明はしなかった。すると、
「ハリーさん、ひとつその現場に行ってみますか?」
 と藤島が行った。
「ぜひ、ぜひお願いします」
 とハリーの目が輝いた。
「じゃあ、ほうしますけ」
 二人の勢いに、赤池もどっこいしょとばかりに重い腰を上げた。
青木が原で死体が見つかるのはそう珍しいことではない。
しかし、そのほとんどは世をはかなんだ自殺者あるである。今回のように殺人事件、それも話を聞くと本庁までからんだただならぬ事件となると、さすがに再来年に迫った定年まで、事件が何も起きなければいいと考えていた赤池警部補もそうのんびりしているわけにはいかなくなった。
「天翔さんはどうします?」
「はっ?あの、すみません、私、ぼーっとしちゃって・・・」
 天翔はなにやら考え事をしていたようだった。
「遺棄の現場を見に行ってみませんか?」
「イキ?」
「はい、二人の死体が発見された現場のことです」
「ああ、そのことですか・・・あの、でも、私は、天鵬さんの、まもなくご両親が来るかと思いますので、ここにいます」
「そう」
 ハリーは少し残念な気がしたが、藤島とともに再びパトカーに乗って、遺体が発見された死体の遺棄現場へと向かうことにした。
 青木ヶ原樹海は、富士吉田から10kmほど西にある。パトカーは市街地を抜け、139号線を西へと向かった。憂鬱な気持ちがなければ、快適なドライブコースである。 「なにもなけりゃねぇ、いいとこなんですよ。あたしも、あと2年で定年で、ほうしたら西湖でのんびり釣りだけんどして過ごほうと思ったんですけんどねぇ」
 聞きもしないのに、間が持てないのか赤松警部補はそんな定年後の計画を語った。
 やがて人家が切れて、いかにも雄大な富士の裾野という緑あふれる自然が広がり、青木ヶ原一帯に突入、ほどなく間道に入り、パトカーは森の中の遊歩道の脇で停止した。 「そこに、遺体を運んできた車のもんと思われるタイヤの痕が残っていました」
と、赤池がぼそっと言い、
「足跡が二種類あるもんで、ホシは二人組みと思われます。革靴とスニーカー。足型はとったずら。で、二人はここからキャリーを使って遺体を運んだようで、その車輪の痕も残っていました。現場へおっぱすじゃんけ。この奥です」
と言って、先頭に立ってずんずんと歩いていく。
歩きながらハリーは、車にキャリーを積載しているということは、犯行グループはこれを使って何か荷物を運ぶ作業をしばしばしているのだと思った。
ハリーは青木ヶ原の樹海に来た。樹海に入る前はいかにも死霊が漂うような暗く不気味な森を想像していたが、鬱蒼とした木々の間を抜ける遊歩道は、時折木漏れ日のある軽井沢あたりの心地よい森の小道と変わらない。
「あれが二人が吊るされていた木がです」
 現場に着き、赤池が立ち入り禁止のロープが張られたサークルの中に立つ木を指しながら、淡々とした口調で言った。
 思わず、ハリーは遺体が吊るされていた木に向かって手を合わせた。
「すみません。パソコンを捜してみて下さい」
 ハリーはそう言うと、とるものもとりあえず、現場付近の遺留品、それも、田中星羅と澤井天鵬のパソコンの残骸を求めて、周辺を捜索し始めた。藤島も、赤池も、他の捜査員たちも、ハリーにならって、一緒になって付近をあたった。
「ありました。ありましたよ。これ、パソコンをバラバラにした残骸じゃないですか?」
 ほどなく現場から三十メートルほど離れた草叢に、赤池の部下の小俣刑事がパソコンの残骸らしきものを発見し、声を上げた。ハリーは急いでそこへ走って行って、叫んだ。
「どこかにハードディスクがあるはずです。ハードディスクが・・・」
 と、次の刹那、
「これじゃないですか?」
「あっ!」
 ハードディスクは、無残にもハンマーのようなもので見事なまでにバラバラに打ち砕かれ、粉々に破壊されていた。
「チクショー!やっぱりメチャクチャに壊されていたか・・・ずさんな犯人なんていったって、敵もやることはやってるんだ」
 ハリーは悔しそうに呟いた。
「なるほど、ハードディスクが残っていれば、なにか証拠につながるような通信のデータかなにかが残っていると思ったわけですね」
「ええ。でも、敵もさるものです。きっとここで鬼の首を取ったみたいに気が狂ったようにパソコンをハンマーで叩きまくって破壊したんでしょう」
「ま、出ないと思いますが、いちおうこの残骸も集めて指紋をとってみましょう」
 と赤池警部補が言って、部下にパソコンの残骸を集めさせた。
 藤島がアゴに手を当てて、そんな作業の様子を見ながら呟いた。
「ホシは先にパソコンを叩き壊してから二人を吊ったのかな、それとも二人を吊ってから・・・」
「藤島さん、こんな時に、そんな怖いことを言わないで下さいよ」
 ハリーは、悲しげな顔で藤島をにらんだ。

目 次
プロローグ
二人の占い師(1)
二人の占い師(2)
二人の占い師(3)
第一の的中(1)
第一の的中(2)
第一の的中(3)
第一の的中(4)
第二の的中(1)
第二の的中(2)
第二の的中(3)
第二の的中(4)
第二の的中(5)
第二の的中(6)
相次ぐ失踪(1)
相次ぐ失踪(2)
相次ぐ失踪(3)
相次ぐ失踪(4)
悲しい結末(1)
悲しい結末(2)
悲しい結末(3)
悲しい結末(4)
悲しい結末(5)
悲しい結末(6)
悲しい結末(7)
悲しい結末(8)
悲しい結末(9)
解けない謎(1)
解けない謎(2)

※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。