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渋谷の父 ハリー田西の連載小説


「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」

〜悲しい結末(7)〜

ハリーたちが富士吉田署に戻ると、署の玄関に『青木が原樹海殺人事件捜査本部』と書かれた看板が据えられていた。
 ハリーたちが現場を訪れている間に、すでに田中星羅と澤井天鵬の肉親が相次いで到着し、変わり果てた娘たちと悲しい対面を済ませた後、遺体は検死解剖のために山梨大学の医学部に搬送されたということだった。
 ハリーは、まだ富士吉田署に残っていた田中星羅の両親と対面した。星羅の両親とは初対面であるが、悲しい思いは一緒である。
ハリーは「彼女の力になることが出来なくて・・・すみません」と、無念そうにただ頭を垂れた。
「たまに家に帰って来ても、今どうしてるのこうしているだのと、あまりプライベートなことについては話さない娘でしたが、占いのお仲間のことだけは、皆さんとてもいい方ばかりだと申しておりました」と、星羅の母も頭を下げた。
「今回のことは何がなんだかわからんことばかりで、まだ混乱しています。いったいどういうことなのか・・・」と、いかにも謹厳そうな星羅の父が涙をこらえるように呟いた。
「なんで・・・うちの娘が殺されるなんて・・・」
 そんな夫の様子を見て、星羅の母が夫の肩にすがって泣き出した。ハリーはそんな両親の姿を見るのがつらかった。
「お父さん、お母さん、星羅、いや悠子さんのことは、僕もただ悔しくて・・・まだ、僕のほうも何もわからない状態で・・・でも・・・いつか、いや、早急に、絶対に、犯人までたどりついてみせます」
 ハリーはそう言って唇を噛んだ。星羅の両親は、「よろしくお願いします」と言って、もう一度頭を下げると、寄り添うように富士吉田署を後にした。
 一方、三階の会議室では富士吉田署と山梨県警による捜査会議が開かれた。その捜査会議に行きがかり上、出席した藤島警視は、捜査本部長で兼ねる富士吉田署の望月署長に意見を求められ、
「私は先ほど遺体が発見された現場に行って来ましたが、あそこはあくまでも死体遺棄の現場であって、私は今回の事件の根っこは、東京にあると思っています。しかも、これはあくまでも個人的な意見ですが、このヤマは例の海人ちゃんの誘拐事件にもつながるようなとてつもなく大きな事件になるような気がします。従いまして、署長にもお願いするんですが、これは山梨県警と警視庁の合同捜査という形にしてもらいたいと思います」
と言った。
それに対して、望月は、合同捜査になるということは、警視庁に捜査の主導権をとられてしまうのだろうかと危惧しながらも、藤島のとてつもない大きな事件という言葉に脅かされて、
「たしかにホトケは二人とも東京の人間だし、片方は例の天地推命学の人間だとなると、捜査の中心は東京になるだろうな。当然本庁にも協力を仰ぐことになるだろうから、県警本部と検討してみよう」
 と語り、県警から来た刑事たちに目で合図を送った。
 捜査会議が開かれている間、部外者であるハリーは、高野天翔とともに、刑事第一課の端に置いてあるソファーのところで、藤島たちが捜査会議を終えて出てくるのを待っていた。
 ショッキングな出来事の連続に疲れ果てたのか、天翔はソファーに身を預けるように眠っていた。そのどこか無防備に眠りこける天翔のあどけない寝顔を
眺めながら、彼女も実は疑惑だらけの天命の人間なのだと思った。と───、
「お茶をどうぞ」
 若い婦人警官が純朴そうな笑みを浮かべてお茶を入れて持って来てくれた。
「ありがとう」
 ハリーは、その婦人警官を見て、ふと東京に残っている綾乃のことを思った。
(あいつ、まだ泣いているんだろうか?マスカラが流れちゃってタヌキみたいになってるかもな)
 それから殺された星羅のことを思った。
(生真面目で、占いが大好きで、本当に純粋な女性だったのに・・・)
それを思うたびに無念さと悔しさがこみ上げてくる。今年は天中殺で、大殺界で、ゼロ地点で、もう最悪なのと星羅が嘆いていたのが、つい昨日のことのように思われた。
それにしても〈MASAKIの事故死〉〈海人ちゃん誘拐致死事件〉。そして、〈田中星羅・澤井天鵬殺人事件〉。これら3つの事故・事件は、すべて天命、天地推命学でつながっている。事件の根源にあるのは天命以外のなにものでもない。誰が考えても、岡倉天外、ないしは、天命の関係者が何らかの形で、これらの事故・事件にかかわっているとしかいいようがない。
だとすると、その闇に包まれた謎の頂点にいる岡倉天外こそが、すべての事件・事故の陰で糸を引く黒幕なのであろうか。
しかし、その天外はあまりに奥の、遠いところにありすぎて、無名の占い師であるハリーには手が届かない気がする。
いつしかハリーも高野天翔の傍らでそのまま眠ってしまったようだ。
そして、夢を見た・・・

(必死に逃れようとする星羅を岡倉天外が手から蜘蛛の糸のようなものを出して、縛り付け、拘束する。ハリーは、天外に向かって行って、星羅を助けようとするが、なぜか足が鉛のように重く、地面に張り付いてしまって動けず、自分の無力さにもがき苦しむばかり・・・)
「ハリーさん!」の声に夢から覚め、我に返った。見ると、会議を終えた藤島が戻ってきた。
「どうでした?」と、ハリーが尋ねると、傍らでまだ眠っている天翔に一瞥をくれると、「ここではなんだから・・・」と言った。
二人はそのまま富士吉田署の屋上へ上がった。富士吉田署の屋上からは、南西の方角に雄大な富士山がくっきりと望める。
「今回の事件、さらにはMASAKIの事故死、そして、海人ちゃんの誘拐事件と、ここまで来ると、天命本部による何らかの関与、ないしは天命関係者による関与があったと断言しても仕方のない状況になっています」
「たしかに。でも、目下のところはそれらの関連を裏付ける有力な物的な証拠がありませんよね?」
「そうなんですよ。なにかモヤモヤした状況証拠ばかりでね。ただ・・・」
「ただ?」
「ええ、先ほどの現場の樹海の中に残っていたタイヤの痕が、どうやら海人ちゃんの誘拐、そして、死体遺棄の際に使われたワゴン車と同様のものとわかりました」
「ふーん、というと、海人ちゃんの事件と今回の事件がつながるわけですね」
「ええ、まだ早計にはいえませんがね。ですから、これから天命について徹底的に捜査が入ることになるでしょう。でも、まずは、動機を特定しなければ、事件の全容は明らかにならないでしょう」
「果たしてあの富士山の頂上までたどりつけますかね?」
「岡倉天外までですか?ええ、たぶん、じゃなくて絶対に行ってみせますよ。私は性格的に本当に悪いやつがのうのうと生きている状態ってのが、断じて許せないんです」  そういうと、藤島は屋上の手すりを両手でドンと叩いた。

目 次
プロローグ
二人の占い師(1)
二人の占い師(2)
二人の占い師(3)
第一の的中(1)
第一の的中(2)
第一の的中(3)
第一の的中(4)
第二の的中(1)
第二の的中(2)
第二の的中(3)
第二の的中(4)
第二の的中(5)
第二の的中(6)
相次ぐ失踪(1)
相次ぐ失踪(2)
相次ぐ失踪(3)
相次ぐ失踪(4)
悲しい結末(1)
悲しい結末(2)
悲しい結末(3)
悲しい結末(4)
悲しい結末(5)
悲しい結末(6)
悲しい結末(7)
悲しい結末(8)
悲しい結末(9)
解けない謎(1)
解けない謎(2)

※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。