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渋谷の父 ハリー田西の連載小説


「渋谷の父 占い事件簿 不死鳥伝説殺人事件」

〜悲しい結末(2)〜

「天鵬の件だが、ことを徒に荒立てても問題があると思う。彼女はあくまでも自分の一身上の都合で辞めたということで、本部内の意思統一ができるかな」
「はい、それは大丈夫です。もうそういうことで徹底してあります」
「うまくやってくれよ」
「わかりました」
 電話を切った安藤天蘭のところへ、事務員が、運命学研究家のハリー田西という人間が天外先生に会いたいと、訪ねてきたと告げた。
(ハリー田西?聞いたことがない名前だわ。例によって売れない占い師の売り込みかしら?それとも、またへんな言いがかりをつけにやってきた手合いなのかしら?)
 天地推命学の本部には、こちらと組んでぜひ占いビジネスを展開をしたいという売り込みやら、天地推命学ばかりがなぜもてはやされるんだ、俺の方が占いの力は上なのにと、一方的に文句をいってくる占い師などが、たびたび訪ねてくる。
 そういう占い師の大半は、たいてい陽があたらない不遇をかこっている無名の占い師である。
「岡倉天外先生の弟子の安藤天蘭です」
「同じく高野天翔です」
「私は、皆さんと同業のハリー田西といいます」
 安藤天蘭と同じく四天女の一人、若い高野天翔に対し、ハリーは名刺を出して名を名乗った。
「"渋谷の父"・・・ああ、あの有名な・・・」
と、若いほうの天翔が反応した。
「いえ、おそらくあなたがご存知なのは先代の花房龍山先生のほうかと思います。私は、先生から名前を継いだばかりの二代目なんです」
 ハリーは多少照れ臭そうに言葉を足した。
 安藤天蘭も高野天翔も、二人ともテレビで見る以上の美女である。特に、若いほうの高野天翔は、今流行の韓流美女のように清楚で整った顔立ちをしていて、妻に逃げられた中年男のハリーは、言い知れぬ心のときめきを感じたが、今はそれどころではない。そんなハリーの動揺を察したのか、
「あいにく天外先生は留守をしておりますので、私たちがお話をうかがいます。どんなご用件でしょうか?」
 と、年上の天蘭のほうが言った。
「私は、澤井天鵬さんの古くからの友人なんですが・・・」
 ハリーは、嘘をついた。澤井天鵬とはまったく面識がない。
「実は、彼女と連絡をとる用事があったのですが、なぜか数日前からケータイがつながらないし、自宅にかけても留守電のままで、いっこうに連絡がとれないのです。それで彼女の身に何かあったんじゃないかと思って、昨日こちらに電話をしたのですが・・・」
ハリーの話を聞いて、安藤天蘭は、高野天翔と思わず顔を見合わせると、
「昨日お電話で問い合わせがあったというのはあなたでしたか・・・」
 と言いつつ、 
「昨日もお伝えしたとおり、天鵬さんならここを辞めました」
 と言った。
「はい。昨日も事務の方からそううかがったのですが、その後も澤井さんとまったく連絡がとれないもので・・・」
「そう言われまして・・・」
「自宅にもいないし、携帯もつながらない。変でしょう?彼女がどこへ行ってしまったのか、こちらで何か心あたりはありませんか?」
「さぁ、天鵬さんがここを辞めてからのことは・・・どこか旅行にでも出られているんじゃないですか?」
「誰にも行く先を告げずにですか?」
「でも、まったく心あたりが・・・」
「それで、私のほうでは、彼女の行方がわからないということで、先ほど福島の実家のご両親にお願いして捜索願が出してもらったのですが・・・」
「まぁ捜索願を?それ、本当なんですか?」
 高野天翔が驚いて声をあげた。
「はい、本当です」
ところが、天蘭はあくまでも冷静に、
「でも、捜索願が出されたといわれて、天鵬さんは、もうここを辞めた人間ですから・・・」
 と言う。これにはハリーもやや憤然として、
「失礼ですが、このあいだまで同僚だった人間に対して、あなたの今の言い方はあまりに冷たいんじゃないですか。仮にもあなたがたの仲間だったわけでしょう?これまで彼女と親しく接してきたわけでしょう?」
「は、もちろん、親しくはしてきましたが、なにしろ今回はある事情で、彼女は急に辞めるということになったものですから・・・」
「ほほう、天鵬さんは急に辞めることになった?いったい天鵬さんはどんな理由でお辞めになったんですか?」
 ハリーの質問に、再び二人は顔を見合わせた。
「それは・・・天命の内部的な事情ですわ」
「内部の事情?」
「はい、それ以上は・・・」
「聞くところでは・・・」
ハリーは、思い切ってカマをかけて訊いてみることにした
「・・・天鵬さんは、自分から辞めたのではなく、こちらの内部の事情で辞めさせられたと、私は聞いているんですがねぇ」
 もちろん誰からか聞いたわけでもなく、確証もない。ただ思いつきで、そう言っただけである。
 ところが、この一言に反応があった。
「それはどこから、どなたから聞いたんですか?」
「情報源は秘密です。そちらも内部の事情をお話にならないように、こちらにも守秘義務がありますから。ただ、明かせることは、天鵬さんから天命を辞めさせられたというメールを受けた人間がいるということです」
「それは・・・」
「いったい何があったんです。話せることだけでいいんです。それを教えて下さい」
「・・・・・・・・・」
「まぁ、別に、私に語らなくても結構ですが、捜索願が出ているんですから、いずれここに警察のほうで捜査が来ますよ」
「えっ?警察が?」
 天欄はあからさまに嫌な顔をした。ハリーはすかさず追い討ちをかけた。
「はい、そうなるとマスコミだって騒ぎますよ。そして、彼女の失踪の裏に何があったのか、さもこちらが悪いというように、またマスコミが興味本位に騒ぎ立てますよ」
「そんなぁ!」
 と天蘭が困惑した表情を浮かべた。と、その時、
「それは・・・あの人が、天鵬さんが、この天命の規律を犯したからですわ」
 と、たまらずに天翔が口をすべらせた。
「ほほーっ、規律を犯した?それは、どんな規律なんですか?」
「だって、天鵬さんは・・・」
「天翔さん!」
 つい口がすべって天命内の規則を犯したと言い出した高野天翔を、先輩格の安藤天蘭がたしなめた。
 すると、天翔は、
「天蘭先生、ここは、皆さんに、私たちの誤解を解くためにもお話ししておいたほうがいいと思います」
 と、いって堰を切ったように語りだした。
「彼女は、天地推命学の本部の中に不純な私生活の関係を持ち込んで、仕事を混乱させたからですわ」
「不純な私生活の関係?ほう、それはどういうことです?」
 ハリーの質問に、天蘭と天翔は思わず目を合わせると、こんどは天蘭が仕方がないという感じで語りだした。
「ここだけの話にしていただきたいのですが、実は、彼女は同性愛者なんです」
「同性愛者?いわゆる女性が女性を愛するという性癖のことですか?」
ハリーは、意外な展開に、やや驚きながらも、訊ねた。
「そうです」
「そういう行為は、天命では禁止されているんですか?」
「はい」
「でも、彼女は、結婚歴もありますよね」
「ええ。過去の結婚されたことがあったのですが、男のDVに困った挙句に、同性愛に目覚めたということです」
「でも、天鵬さんが仮に同性愛者であっても、それは趣味嗜好の問題だから、悪いことだと決めつけることはできませんよね」
「ええ。でも、うちは女性の多い組織ですから、身内からそういう不純な趣味嗜好を持ち込むことによって、内部の風紀が乱れることを一番おそれているんです」
「しかも、彼女は、私生活での関係を本部に持ち込み、それで仕事上いろいろ支障が出たので、その結果、話し合って辞めてもらうことになったのです」
「ということは、当然、天鵬さんのお相手もこちらの本部にいて、その方も辞められたんですか?」
「いえ、それはありません。天鵬さんのお相手は外部の方です。当方とは関係のない方だとお聞きしています」
「ふ〜ん、実は、天鵬さんの友人で田中星羅という占い師が、時を同じくして行方がわからなくなっているんですが、天鵬さんの相手というのはその方なんですかね?」
「さあ、お名前までは存じあげておりません」
「でも、天鵬さんが同性愛者で、それが原因で辞めることになったと断定じているんですから、その相手ぐらいは特定しているんでしょう?」
「名前はわかりませんが、同業の友達だと聞いていますから、あなたのおっしゃるその田中さんという方なのかもしれませんわね」
 安藤天蘭は歯切れの悪い含みのある言い方をした。
「でも、変な話ですね」
「変な話?」
「いや、お気にさわったら失礼。同性愛が不純で、風紀が乱れるだのなんのというなら、このまえ週刊誌に書かれていたように、こちらの大先生とお弟子さんたちとの関係のほうが、よっぽど不純で問題ありじゃないんですか?というか、同性同士はだめで、男女の関係ならいいんですか?」
「失礼な!先生と私たちが男女の関係だなんて、そんなことは一切ありません」
「ホントです!あんなありもしないことを書きたてたヨタ記事のことを持ち出さないで下さい」
「あれはウソなんですか?」
「あたりまえです。私たちと天外先生の間には、いわれるような関係は、天に誓って一切ありません」
「そうです。天外先生は、あの記事に書かれていたようなかたではなく、もっと高潔で高邁で、世俗の不純なものからはまったく超然としておられます」
「だったら、なぜ訴えないんですか?あの時も書かれっぱなしではなく、名誉毀損でもなんでも訴えればよかったんですよ」
「先生はこうおっしゃられました。人の噂も七十五日、誠実に生きていれば、こんな根も葉もない噂など自然に消える。むしろ逆にマスコミの尻馬に乗って
ことを荒立てれば、災禍が広がるだけだと。そして、結果的には、私達も貝になることで、先生の見識が正しいことが証明されました」
「なるほどね」
「とにかく、これ以上は・・・どうかお帰り下さい」
「いや、まだ、お聞きしたいことが・・・」
「お帰り下さい」
 二人の目は真剣に怒りに燃えていた。特に、若い天翔の目は、ハリーを射るように見つめている。
《こりゃ、たまらんわ》
ハリーは、これ以上何をいっても無駄だと早々に退散を決めた。


目 次
プロローグ
二人の占い師(1)
二人の占い師(2)
二人の占い師(3)
第一の的中(1)
第一の的中(2)
第一の的中(3)
第一の的中(4)
第二の的中(1)
第二の的中(2)
第二の的中(3)
第二の的中(4)
第二の的中(5)
第二の的中(6)
相次ぐ失踪(1)
相次ぐ失踪(2)
相次ぐ失踪(3)
相次ぐ失踪(4)
悲しい結末(1)
悲しい結末(2)
悲しい結末(3)
悲しい結末(4)
悲しい結末(5)
悲しい結末(6)
悲しい結末(7)
悲しい結末(8)
悲しい結末(9)
解けない謎(1)
解けない謎(2)

※この物語はフィクションであり、登場する団体・人物などの名称は一部許可を受けたもの以外すべて架空のものです。